一歩の景色

日々のあゆみと心の景色

どんなときでも

 コロナになってしばらくベッドで横になっている生活を続けていました。インフルエンザの時はこれでもかというくらい眠れたのですが、今回は、身体のあちこちが痛く、眠れませんでした。

 

ふと、子どもの時のことを思い出しました。

私は小学校高学年のころから、両親の仕事の都合で祖母宅にお世話になりました。

ご近所の方々が途切れることなく、お茶飲みにくるような、にぎやかな家でした。

「さびしくない?」と、よく聞かれたのですが、当時の私はさびしいと言えば、横で聞いている祖母や叔母に気を使わせたくなく、また自分の気持ちの核心をつかれているのが嫌で「さびしくない」と言っていました。こういう話はきっとどこからか、母の耳に入っていたと思います。

 今思うと、当時の自分は、さびしくないと言っても、何を言ってもどんなときでも母は私を嫌いになったりしないと、心のどこかで知っていたのだと思います。

いつからか、大きくなるにつれ、そのことを忘れ、自分の思うような母であってほしいとあれこれ文句を言ったり母の言葉に機嫌が悪くなったりしていたなぁと振り返ります。

 

ああ、自分は十分愛されていたのだなぁ・・・。そして、形は違えども、誰もがそうなのではないかと思いました。

そこに気付かせてくれた当時の自分と亡き母に感謝しました。

 

身体も段々元気になってきました!

明るく前を向き、周りに感謝をし、また日々を積み重ねていこう。